ふくしま散歩

旅と散策の記録、ちょっとしたレビューとか

旧滝沢本陣と会津松平家院内御廟

2017年8月9日(水)

 

16:20

背炙峠を越えて暇な俺たちは会津に攻め込んだ。

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会津若松が一望できる

目的地は会津若松市の東側に位置する旧本陣跡。

1678年建築の横山さん家である。

歴代会津藩主が参勤交代や領内巡視の際に休息した場所だ。

戊辰戦争の際は、藩主松平容保公がここから出陣した。

16:45

営業時間ギリギリで到着。

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旧滝沢本陣

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いわゆる古民家である

 

受付のおばあちゃんと談笑後に内部を見学。

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柱は刀疵だらけ

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弾痕も多い

これ適当に撃っただろう…
集中砲火というよりは、攻め込んだ新政府軍がもぬけの殻になった本陣を適当に撃ったような弾痕のばらつき方だ。

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戦闘があったなら燃やされて本陣は残っていないだろう

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夏涼しく冬暖かい家…なのか?

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いろり

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大きい古民家がそのままの形で残っているのは貴重だ

 

実際にここで戦闘があったかは不明。

刀疵や弾痕は新政府軍の兵が混乱に乗じてつけたものだと感じた。

もし当時、本格的に戦闘があったならこの古民家は即炎上していただろう。

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17:30

東山温泉にほど近い松平家霊廟に向かった

駐車場は東山温泉の来客用と同じ場所なので、宿泊者と勘違いされた。

違うんです。泊まりに来たわけじゃないんです…

 

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松平容保公プロフィール

この霊廟は、霊廟といっても大部分が山だ。

クマも出るしハチもいる。

すでにビビっていた。

2〜9代目の会津藩主が神式、仏式で祀られている。

ちなみに初代は猪苗代にある土津神社に祀られている。

 

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入口の案内板

入口には馬の墓があった。

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馬の墓にニンジン

 

苔むした石段を登り続ける。

ニュルニュルしていて気をぬくと持っていかれる。

地図だとわからないが普通の山道なので強い靴で行くと安心だ。

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おごそかな雰囲気


足元に注意しつつ、クマに出会わぬよう音楽を鳴らしながら15分くらい登った。

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3、5、6、7代目藩主が眠る神式墓所

 

ここには当時の最高峰の国学者らに書かせた、その藩主の生涯、功績が刻まれた碑石が並んでいる。いやデカい。

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亀の台座の上に碑石 デカい。



さらに進んだ左奥に9代目松平容保公の墓所がある。

会津藩最後の藩主だ。

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先ほどよりすこし控えめサイズ

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石段を登った先にある碑石の列は迫力がある

 

ゆっくり見て回ったので45分くらい滞在した。

帰り際に鶴ヶ城に寄ってから帰宅した。

 

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